宮崎県の中心部に位置する新富町。
農業で発展してきた新富町の農業は、若手就農者の新しい風を受けて、少しずつ変化しようとしている。
株式会社ボーダレス・ジャパンの出資を受け、未経験から就農した「みらい畑株式会社」代表の石川美里さんも、その中の1人。
平成29年10月から農業のキャリアをスタートさせ、各種メディアにも取り上げられる期待の若手だ。
就農して1年が経過した石川さんが感じる農業の楽しさや苦労。
移住者として見ている新富町の現状や今後の展望について伺った。
1年で10倍の規模拡張。伝統野菜を後世に
—みらい畑では、現在どれくらいの規模で農業をしているのですか?
石川:就農当時は約15a(アール)の路地農家としてスタートしましたが、現在は路地を120a(アール)、ハウス園芸を12a(アール)ほどしているので、約10倍の規模で農業をしています。
—ビニールハウスでは、どのような作物を育てているのですか?
石川:夏は佐土原なす、冬は春菊を栽培しています。
—佐土原なすと春菊を選んだ理由は何ですか?
石川:収穫時期が長いという点と、暖房設備がいらないという点です。
どちらの作物も本来路地で栽培できる作物なので、キュウリやピーマンのように暖房をつける必要がなく、コストがかからないというメリットもあります。
佐土原なすについては、江戸時代から続く伝統野菜を育てる後継者が不足しているという現状を知り、後世に残していきたいという想いも決め手になりました。
現実問題になることで理解できた先人の教え
—就農当時と今とで、ご自身の中ではどんな変化がありましたか?
石川:一番の変化は、就農当時に周囲の方々からご指摘いただいていたことが、実体験を通じて理解できるようになってきたことです。
1つはボーダレス・ジャパンの代表から言われていた「もっと相談しなさい」ということ。
以前までの私は、人に「相談する=甘え」という感覚があり、ギリギリまで誰かに相談しないようにしていましたが、ギリギリだと現状も本当に崖っぷちで取り返しのつかないケースもあり得ます。
自ら意識して相談することで、いろんな角度から意見をもらえることがわかりました。これからはもっと自然に相談できるようになりたいですね。
2つ目は、反収(1反=10アールあたりの売り上げ)のことです。
会社を立ち上げた当時は、年間の反収目標を100万円と設定していました。
でも周囲の農家さんからは、
「反収100万円なんて夢のまた夢」
と、言われていました。
ただ私には根拠のない自信があり、絶対100万円売り上げるんだと意気込んでいました。
しかしよく調べてみると路地農家の反収は平均して25万円程度。
目標達成とはいかず、当時の私はいろんな意味で農業に対する知識が不足していたと痛感しています。
3つ目は雑草。
農家さんなどから、
「農業は雑草との戦いだよ」
と、言われ続けてきたのですが、私が就農したのは10月で雑草もあまり生えない季節ということもあり、実感がわきませんでした。
そして初めての夏を迎えた昨年、その言葉の意味を痛感しました。
無農薬で栽培しているため、次から次に生えてくる雑草に除草剤は使えず、作物の周辺は手作業でひたすら雑草を抜きます。
サッカーグラウンドくらいある畑を手作業でやりますので、人によっては本当にキツイと思います。ただ私は、そのような作業の積み重ねこそが美味しくて安全な作物につながると思っているので、時間を決めて楽しみながらやっています。
避けては通れない相手「自然と資金」
—平成30年9月に発生した台風24号では被害にあったそうですね。
石川:はい。初めての自然災害でした。ビニールハウスが飛び、佐土原なすが出荷できなくなり、路地の畑には杉の木やコンテナが飛んできました。正直、唖然としました。
そんな時に力を貸してくれたのが、JAのスタッフさんや地元農家さんを含めた新富町の仲間たちです。
ビニールの張り替えを手伝ってくださったり、チェーンソーの使用方法も教えていただいたりして、なんとか最小限の被害に抑えることができました。
いま農業を続けられているのは、そのような地元の皆さんの支えがあるからだと本当に感謝しています。
—未経験から農業をする難しさは何ですか?
石川:知識や経験が不足していることはもちろんですが、やはり資金ですね。
私の場合はボーダレス・ジャパンからの出資をいただいているので経営を続けられていますが、まだまだ黒字経営とはいかず、試行錯誤しています。
出資がなかったらすでに倒産しているのではないかという実感もあるので、農業で安定した給料を稼ぐというモデルをつくりたいです。モデルができれば、就農のハードルが低くなり、農業に関心のある方がチャレンジしやすくなるのではないかと考えています。
好きなことで稼ぐ
—今後みらい畑が目指すものは?
石川:設立当初は、「定年後の雇用」と「農作放棄地の問題解決」ということをビジョンにしていました。
現在は「就農者の育成」に力を入れていきたいと考えています。
これは1年を経て感じた心境の変化によるものです。
新富町で農業を始めて、農家さんの後継者不足という現実を目の当たりにしました。その上、無農薬栽培となるとさらに高い技術が要求されます。
技術不足だと収量も増えませんし、当然収入が減ります。それが原因で農業が続けられずに辞めていくケースも少なくないと思うのです。
そうならないために、農業に興味のある人たちが、みらい畑で農業のノウハウを学べるようにしたい。
そして新富町から日本全国へみらい畑モデルが広がり、生産者を増やしていきたい。これが今後の大きな目標です。
これこそが、今までお世話になった方々に対する、一番の恩返しではないかと思っています。
—目標を実現するためには、どのような人材が必要だと思いますか?
石川:何と言っても農業を愛している人です。
興味本位で農業を始めてもいいかもしれませんが、実際に続けていくには肉体的にも精神的にも苦労が伴います。
そんな時に必要になってくるのが、農業を愛しているということ。
好きなことを続けるということが、何をするにでも重要になってくるポイントだと思いますね。
—石川さんみたいな人のことですね?(笑)
石川:はい。私、農業が大好きなんです(笑)
未経験から始めた農業。
地方ならではコミュニティに助けられながら1年間続けてきた石川さんは、地元の方への感謝の意を込めて、新富発信の農業モデルを日本全国に広めていきたいという目標を掲げている。
先人達の知恵と経験を活かしながら、新しい農業のモデルを取り入れることで若手就農者が増え続け、日本の食文化はもっと豊かになる。